2017年11月10日金曜日

なぜ秀吉は後継者選びに失敗したのか

こんにちは(^o^)/
本日、2017年11月10日の日経新聞に自民税調会長のインタビュー記事が掲載されています。
記事によれば、中小・零細企業の代替わりを促進するため、事業承継税制の納税猶予の条件を10年限定で緩和する方針なのだそうです。
「これから10年で徹底的な世代交代をはかる」そうです。

事業承継税制は、発行済み株式の3分の2について8割まで納税を猶予する仕組みです。5年間に亘り雇用の8割を維持することなどを条件としますが、この制度を使いやすくするため、雇用維持条件を10年間限定で撤廃する案などを検討するそうです。

平成29年度税制改正により、事業承継税制は、事業承継対策を検討する際に現実的な選択肢となるようになりました。しかしながら、まだまだ使いづらかったのが現状です。
要件緩和で、より利用しやすくなることを期待したいものです。

さて、納税通信2017年の10月16日号に事業承継にまつわる興味深い記事が掲載されています。
「戦国時代に学ぶ事業承継のツボ なぜ秀吉は後継者選びに失敗したのか」という記事です。
事業承継は、重要な経営課題の一つですが、経営者の多くは計画的な対応を怠りがちとのこと。特に「後継者の選定」は数ある事業承継対策のなかでも慎重に行わなければならないテーマですが、経営者の思惑通りにはいかないこともしばしば。
これが、戦国時代の事業承継だった場合は、事業承継の失敗は、ともすれば一族の滅亡にすらつながる重要なテーマだったとのこと。

記事では、戦国武将のなかで豊臣秀吉に焦点をあてています。
ついには天下統一を果たした秀吉の手腕は、まさに戦国一のカリスマ指導者と呼ぶべきと紹介されています。
しかし、秀吉はその後の事業承継対策でつまずきました。

秀吉は、54歳のときに甥の秀次を後継者に選び関白を譲りましたが、その後に実子の秀頼が誕生してしまったため、58歳のときに秀次を̪死に追いやります。
60歳になってから五大老五奉行制度など事業承継のための組織づくりを始めたものの、1年も経たないうちに秀吉は没しました。
その時、後継者の秀頼はまだ6歳。関ケ原の戦いの時点でもまだ8歳でした。

秀吉の事業承継の失敗には、現代の事業承継にも共通する2つの大きなミスがあると記事では解説されています。
1つ目は、安易に後継者を変更したこと。
すでに後継者を決めて組織づくりなどの事業承継環境を整えていたにもかかわらず、後から生まれた実子を後継者にしたい余り、先に決まっていた後継者を排斥してしまったこと。
このことにより、周囲の関係者たちに大きな混乱と将来に残る不信感を与えてしまったとのこと。

2つ目は、事業承継の対策が遅すぎたこと。
秀頼を後継者と決めた時点で、秀吉は追い、そしえて秀頼は帝王学を授けるにはあまりにも幼過ぎたのです。
事業承継の組織づくりも確立することができず、対策の遅れが後々まで響くことになったとのこと。

優れた先代の経営力を引き継ぐためには5~10年の長期間を要します。経営者は、後継者が十分に経営力を引き継げるよう、早い段階から計画的に事業翔栄対策に取り組み、それを全力でバックアップしていくことが重要なのだと、記事では解説されています。

「そもそも後継者候補がいない」という悩みもよく伺いますが、候補者選定から始まり、事業承継対策のスタートは早いに越したことはないということなのでしょうね。

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